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公開日:2020.05.07 5504view

漢方で見る感染症対策vol.8 感染症の歴史を紐解くと

新型コロナウイルスをはじめとした感染症についてお伝えする「漢方で見る感染症対策」は、予防、そして感染症に対する養生などついて話をしてきました。古今東西、恐れられてきた様々な感染症。中医学の歴史の中でどんなふうに対処して来たのか、今回は歴史を紐解くことにしましょう。


傷寒論とその時代~自分の親族が三分の一に
まずは、何度か名前の登場した『傷寒論(しょうかんろん)』、中国医学の古典といわれる書物の一つです。『傷寒論』が生まれたのは、戦乱の世、政治の混乱や自然災害などが引き金となって疫病が蔓延する時代でした。

作者の張仲景は、今からおよそ1800年ほど前の漢の時代の人で、もともとは官僚でした。しかし、200人ほどいた自分の親族が、病によって10年余りの間に3分の2が命を落とし、その7割が「傷寒」によるものであったことから官僚を辞し医師となった、と伝えられています。弁証論治と湯液(煎じ薬)の祖ともいわれており、長い歴史を経て今なお日本でも使われている漢方薬のほとんどがこの中に収められています。

この「傷寒」という病気、実際には一つではなく腸チフスやインフルエンザなど様々な感染症の総称ではないかと言われています。現代においても発熱を伴う感染症は命にかかわることが多く、治療薬が開発されワクチンである程度防げるようになりましたが、まだまだ恐ろしい病気です。

傷寒論のスゴイところは、今なお使われる処方が収載されているだけでなく、病気になってからどのように進行していくか、その段階を弁証する「六経弁証」という方法を生み出したこと。漢方では、病気は、外から邪気(人体に不調を起こさせる原因となるもの)が侵入して起こる」と考えます。邪気の中には、寒さや暑さ、風、湿気など外界の自然現象も含まれます。『傷寒論』では、主に「風寒邪」が体表から侵入してどのように進行していくか、症状ごとにどんな薬を用いるか、について論じています。

この後、長い歴史の中で『傷寒論』の考え方に基づいた治療が行われてきますが、後世になって「どうやらさらに強い感染力を持つ邪気があるのでは?」と思われる状況が出てきます。


温病学とその時代~病は鼻や口から
その後、中医学の診察や治療の方法が発展し、さらに強い感染力を持つ邪気が存在することや、『傷寒論』の「傷寒」とは違う原因の感染症があることがわかってきました。それについて研究して生まれたのが、今から600年ほど前の明や清の時代に発展した「温病学(うんびょうがく)」です。

張仲景が『傷寒論』をあらわして、たくさんの命を救ったように、明清の時代には「温病四大家」と呼ばれる名医たちがあらわれ、その著作の中で病気の原因と発病のメカニズム、それに対する弁証の方法や治療、処方などを世に送り出しました。温病四大家の著作に登場する「銀翹散(ぎんぎょうさん)」などの処方は、『傷寒論』同様、現代でも使われています(ただし日本では「銀翹解毒散(ぎんぎょうげどくさん)」などの名称となっています)。

「傷寒」は「寒の邪気によって」引き起こされますが、「温病」は「熱の邪気によって」引き起こされると考えます。体表(毛穴など)から寒の邪気が侵入して、悪寒からの発熱となる「傷寒」と違い、「温病」は熱の邪気がダイレクトに鼻や口から入ってくるという考えです。

『傷寒論』同様、温病学においても外から中へ病気が進行していくという考え方から「衛気営血(えきえいけつ)弁証」、また上から下へ進行するという考えから「三焦(さんしょう)弁証」が生まれました。三焦とは、人体を上から上焦・中焦・下焦の3つに区分した際の総称です。

温病学の治療方法は、清熱(熱を下げる)、補陰・養陰(体内の潤いを補う)などが中心となります。今回の新型コロナウィルス感染症では、傷寒論・温病学のいずれの観点からも弁証や治療が行われ、功を奏した例がありました。

漢方を学ぶことは、中医学の歴史を学ぶことと切り離すことはできません。その時代背景を知ることで、さらに日本の漢方とのつながりや、現代にどう活かしていくかが見えてくるからです。感染症の歴史を知ることが、予防につながり、養生にも結び付いていくと考えて中医学に触れながら紹介してきました。次回からは、感染症治療に使われることの多い日本の漢方薬を紹介していきます。新型コロナウィルス感染症に使われた漢方薬もありますので、ぜひご覧ください。

原口 徳子
原口 徳子 - Noriko Haraguchi[中医師・薬日本堂漢方スクール講師]

1963年仙台市生まれ。高校生の頃に太極拳を学び、経絡や気の流れに興味を持つ。家族の転勤で2003年から10年ほど中国に住む間に、上海中医薬大学で中医学と鍼灸推拿学を7年間学ぶ。修士号(中医学)を取得して卒業、中医師の資格を取得後2014年に帰国。「お母さんと子供を元気にする漢方と養生」の普及のために活動中。

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