- 飯田 勝恵 - Katsue Iida[薬剤師・薬日本堂漢方スクール講師]
静岡県立大学薬学部卒業。1998年薬日本堂入社。約10年間の臨床と店長を経験。店舗運営や相談員教育などに携わり、その後「自然・人・社会に役立つ漢方の考えをより多くの人に伝えたい」と講師として活動。薬だけではない漢方の思想や理論に惹かれ、気功や太極拳、瞑想なども生活に取り入れながら漢方・養生を実践している。
気から百病生ず~感情によっても気を消耗する
気の省エネ生活 vol.17
『素問』という医書に、「怒れば気上る。喜べば気緩まる。悲しめば気消ゆ。恐るれば気めぐらず。寒ければ気閉ず。暑ければ気泄(も)る。驚けば気乱れる。労すれば気へる。思えば気結ぼうる」と書かれている。すべての病気はみな気から生ずる。
病気というのは文字どおり気が病むことだ。それゆえに養生の道は気を調整することが重要である。調整するというのは、気を和らげ平らかにすることである。とにかく気を養う道は、気をへらさないことと循環をよくすることである。気を和らげて平らにすると、この二つの心配はなくなる。
(貝原益軒 『養生訓』 全現代語訳 訳:伊藤友信 講談社学術文庫)
7つの感情と体の反応
心身一如と言われるように、心の状態は当然ながら体にも影響を及ぼします。漢方では「怒・喜・思・悲・憂・恐・驚」という7つの感情反応を「七情」といい、七情の変化と臓腑のはたらきとは密接に関係していると考えます。
たとえば、イライラしたり怒りっぽい状態が続くと、気血が頭部に上昇しがちになり、めまい・頭痛・耳鳴り・目の充血などが起こりやすくなります。
喜びは適度であれば気血の流れを促進しますが、急激で激しい喜びは気持ちの収拾がつかなくなり、手足に力が入らなくなったり、そわそわして落ち着きがなくなったりします。
「思」とは考えすぎ、心配しすぎ、思い悩むというイメージで、胃腸のはたらきに影響して食欲不振・食後の胃もたれ・胃がつかえるなどの不調が起こります。
悲しみと憂いが続くと気が沈んでやる気がなくなり、話したくない・声が出にくい・息切れなどが起こります。
恐れや驚きは不安感を生じ、気が乱れ混乱して判断を誤るなどの状態を引き起こします。
感情自体に良い悪いはなく、どの感情も人の成長発育には必要で健康であれば自然と発生するものです。ただ、急激な感情変化や、長期にわたる感情刺激が続くと病気の発生原因となります。
体の疲れ?心の疲れ?
私たちが「疲れた」と感じるとき、体と心の双方が疲れているわけですが、どちらかに偏りがあることも多いのではないでしょうか。そして心の疲れは意外と自分でも認識できていないことがあります。
この疲れは主に体の疲れなのか、心の疲れなのか・・・?おおよそではありますがわかりやすい見分け方としては、睡眠をとることで改善されるかどうかです。
体の疲れは睡眠をとることで癒されますが、心の疲れは寝てもとれないことがあります。朝起きて、ある程度十分な時間寝ているはずなのに体はだるく、気分が重くて、疲れがとれていないと感じるときは、体の疲れというより心の疲れの方が大きいのかもしれません。
日常生活においては特に、怒り・思い(考えすぎ、心配、不安)・悲しみの感情が強いと気の消耗は大きくなり、体調不良や病気の原因になりやすいと考えられます。
気を養う法
感情は成長発育に必要なもので、気血水や五臓六腑が健康的であれば自然と発生するものだと先に述べました。
身体は外界の影響を受けて常に変化しながらバランスをとっていますので、感情の発生は身体がより良い状態を保とうとする治癒力のあらわれと見ることができます。
ですから湧いてくる感情を抑えるということではなく、心の疲れがあることを自覚して、自分に発生しやすい感情の傾向をわかって対処できることが大切だと思います。
イライラや怒りを感じたり、考えすぎているときは気血が上昇して頭部が忙しく活動し熱くなっています。頭寒足熱を心掛け、散歩や足浴、脚のマッサージなど下半身を動かし温めることを意識しましょう。
心配や不安、悲しみなどへの対処は大変難しいですね。人に話すことや本を読むことが場合によっては心を和らげてくれるでしょうか。
このコラムでたびたび登場する『養生訓』という書物。江戸時代に生きた儒学者である貝原益軒が、難解な専門書としてではなく平易な文章によって庶民に向けて書かれた健康指南書です。
『養生訓』の中に「気を養う法」というテーマで次のように書き記されています。
心を静かにして騒がしくせず、ゆったりとしてせまらず、気を和かにして荒くせず、言葉を少なくして声を高くせず、大笑いせず、いつも心を喜ばせてむやみに不平をいって怒らず、悲しみを少なくし、どうすることもできない失敗をくやまず、過失があれば一度は自分をとがめて二度とくやまず、ただ天命にしたがって心配しないこと、これらは心気を養う方法である。
発刊から300年以上経て、現代に生きる私たちの心にも響く益軒からの温かいメッセージだと思います。
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