- 原口 徳子 - Noriko Haraguchi[中医師・薬日本堂漢方スクール講師]
1963年仙台市生まれ。高校生の頃に太極拳を学び、経絡や気の流れに興味を持つ。家族の転勤で2003年から10年ほど中国に住む間に、上海中医薬大学で中医学と鍼灸推拿学を7年間学ぶ。修士号(中医学)を取得して卒業、中医師の資格を取得後2014年に帰国。「お母さんと子供を元気にする漢方と養生」の普及のために活動中。
漢方で見る感染症対策vol 7 養生も漢方薬選びも「証」が大事
劉 :人はみなそれぞれ違いますね。そして病気も日によって病状が変わります。漢方の場合も人それぞれ、同じ養生法や漢方薬を使うわけではありません。養生も漢方薬選びも、すべて「証(しょう)」に合わせることが大前提です。新型コロナウイルスをはじめとした感染症についてお伝えする「漢方で見る感染症対策」 7回目は、この「証」について話をしましょう。
「症状」と「証」
原口:「症状」と「証」ですか。なんだか今回は難しそうですね。もう帰っていいですか?
劉 :ええっ?これからがいいところですよ~(笑)。ぜひお付き合いください。これを知ると、「自分の健康を自分で守る」ことが実感できます。じゃあ、行きますよ!
まず「症状」とは。寒気がして温めてもよくならない、熱っぽい、頭が痛い等、本人にしかわからない、本人が訴えてくることを指します。
原口:本人の感覚ともいえますね。では、証は何でしょうか?
劉 :このような一連の症状が同時に出たときを1つの「証」と呼びます。1つの症状、例えば微熱があるだけでは新型コロナウイルス感染症という病名は決められませんね。証も1つの症状があるだけでは決められません。
原口:「証」というのは他にもあるのでしょうか?
劉 :上記の症状の場合は「表証」といいますが、他にも「表」「裏」「寒」「熱」「気虚」「血虚」などがあります。
原口:なぜこの証を「表証」というのでしょうか?
劉 :身体の「表」面に症状があるので「表証」といいます。上にあげたような症状がなぜ出るかというと、身体に病気を起こす原因となるものが入ってこようとするので、表面で入ってこないように戦っているから、と漢方では考えます。
原口:戦っていたんですね!びっくり!
劉 :時間が経つと症状はどうなりましたか?
原口:私の場合だと、だんだん熱が上がって、咳が出たり、下痢になったりすることがありました。
劉 :この時は病気が体内(内臓)に進んでいると考えます。中国語では、中のことを裏(り)というので「裏証」というんですよ。
原口:なるほど、「証」というのは、病気の進行段階や、病気がどこにあるかなどをあらわしているということですね。
劉 :新型コロナウイルス感染症の初期は表証ですが、肺炎や胃腸炎を起こしたら裏証に変化したといえます。現代医学では、新型コロナウイルス感染症という病名は初期からその後も変わりませんが、漢方の「証」は変化していくため、どんどん違う「証」になっていきます。そして「証を決める」ことを「弁証(べんしょう)」といいます。
原口:一つの病気では「証」は一つだけでしょうか?
劉 :病気が進んでいくと複数の「証」が同時にみられることもあります。矛盾した「証」があらわれていることも。どちらから手を付けたらいいのか、その判別が難しいこともありますよ。人体は複雑なんだと知らされますね。
「証」がすべて
原口:なるほど。でも自分で「証」がわかると、今の自分に合った養生方を見つけることができますね。
劉 :先程の「表証」の治療は、体表付近に病気の原因がある状態なので、汗をかいてそれを発散させればよいと考えます。
原口:前回の「桂枝湯」の話ですね!薬を飲んだら熱い粥をすすって布団をかぶって汗を出す。
劉 :当たり!その通りです!
原口:今回の新型コロナウィルス感染症もそうですし、それ以外の病気も、かかり始めの初期、段階が進んだ中期、回復に向かっている回復期などの段階に分けられますが、それぞれの段階で「証」が違ってきます。その証に合わせて使う漢方薬が異なることを「同病異治(どうびょういち)」といいますね。
劉 :そうそう、その逆もありますね。違う病気でも「証」が同じなら同じ薬を使うことを、「異病同治(いびょうどうち)」といいます。
原口:病気が違うのに同じ薬というのは、漢方を知らないと不思議な感じですよね。日本の落語に「葛根湯医者」というのがあって、どんな病気でも葛根湯を処方する医師の話なんですが、私は「異病同治」を知っているのであんまり笑えなかった…。
原口:新型コロナウィルスは、症状や治療法などが知られていないことが多いために「恐怖」を感じた方も多いのではないでしょうか。では、感染症の原因が細菌やウイルスであると知らなかった時代には、どのように考えられていたのでしょうか?次回は『傷寒論』と「温病学」を通して、その背景を見てみましょう。次回もぜひご覧ください。
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